「株式会社⻄荻のこと」は、西荻窪エリアの道路拡幅問題をきっかけに集まった市民によって構成される「西荻のこと研究所」の有志が発足した、まちづくりの会社です。

株式会社西荻のこと 設立経緯

1「ニシオギ空想計画」から「西荻のこと研究所」へ

西荻窪は、個性的な駅が連続するJR中央線の沿線にあります。吉祥寺と荻窪にはさまれながら、土日には快速電車が停まらない落着きある住宅地/商業地として、文化的で洗練されたイメージを持つエリアだと言われています。
小さくて個性的なお店が多く、アンティークショップやおしゃれな雑貨屋、木造の小さな飲み屋街、おいしいごはん屋さんが並ぶ、住む人にも遊びに来る人にもこよなく愛されるまちです。

その西荻窪ではいま、北銀座通りの道路幅を広げる計画が進みつつあります。この「都市計画道路補助132号線」計画は、関東大震災の後に構想されたベースとなる都市計画をもとに、1947(昭和22)年「戦災復興都市計画街路」として設定され、それが1966(昭和41)年に改定され「都市計画道路」となったものです。そして2016(平成28)年、全体計画の北半分が「優先整備路線」に指定されました。計画決定から50年以上経った2020(令和2)年4月、優先整備路線のうちの北半分606メートルに、東京都より事業認可が出て、用地買収や建替が始まっています。

50年以上も建築制限を受けながら、事業の開始を待っていた住民がいれば、長期塩漬けの計画がいきなり動き出したことにとまどっている住民もいます。計画決定から半世紀。決定当時を知る人が今どのくらいいるのでしょうか。計画決定や事業開始という過程において、現在の当事者が関わっていない状況は、はたして健全なものといえるのでしょうか。

また、一部が道路拡幅の用地ともなっている西荻窪駅南側の繁華街は、拡幅を契機とした駅前再開発のうわさも出ています。その一方、住民らによる「再開発反対デモ」が行われるようにもなりました。古くからの地権者、新しい土地所有者、賃借人、住人、不動産屋、デベロッパ、投機目的の所有者などなどの思惑が複雑にからみ、今後どうなるのかはわかりませんが、ただ、このエリアの古い建物は築年数85年超のものがあり、老朽化による耐震性の問題などが懸念されているのも事実です。

道路拡幅や再開発の推進においては、防災性・安全性・収益性・利便性の向上などが主張されています。それも重要なことですが、その合理性は一面しか捉えていないことも指摘しておく必要があるでしょう。まちの変化は同時に、長年にわたって積み重ねられつくられてきたコミュニティや町並みに変化をもたらします。そのことがどこまで考慮されているのか、どのようなインパクトが生じるのか、私たちはさまざまな立場からこのことを想像し、考えなければなりません。

そのとき一住民である私たちはなにができるのでしょうか。受け入れるか、拒否するか、なりゆきを見守るのか、変化に抗い意志を示し続けるのか。あるいはそのどれでもない方法があるのか?

2019年、こういう状況を踏まえて、有志が集い「ニシオギ空想計画」実行委員会を組織しました。住民それぞれがまちの未来を考える「ニシオギ空想計画」を公募することにしました。集まった全77案の中には実現可能性の高いものから創造性豊かなものなどさまざまありました。この「ニシオギ空想計画」の成果をより深めていくために、2020年、「ニシオギ空想計画」実行委員と、西荻窪周辺地域でまちづくり活動をしている人、西荻の不動産屋、建築家などによってメンバーが再編成され、「西荻のこと研究所」が発足しました。

2「西荻のこと研究所」の活動について

以来、西荻のこと研究所では、月に2回程度、まちのいろいろなことについて書いたメールマガジンを配信しているほか、週に1回、メンバーが集い、「西荻のこと」について話し合っています。

そもそもなにが西荻窪の魅力なのか。道路拡幅でのメリット・デメリットはなにか。再開発とはそもそもどういうことなのか。さまざまな立場の人はそれぞれどんなことを考えているのか。道路用地を一時利用する方法はないか。移転に応じたくない人がそのままその場所で生活できる方法はないか。商店街のにぎわいをどうやったら道路拡幅工事中にも維持できるのか。自動車でなく人間中心の道路にすることはできないのか。行政との話し合いのテーブルはどのようにつくることができるのか。善福寺川の洪水対策と道路の整備を結び付けられないか。善福寺川をさらに活用できないか。自動車と自転車と人はどうやったら共存できるのか。道路工事の最新情報はどうやったらわかるのか。公共施設はなぜ再編されるのか。そのメリット・デメリットはなにか。中立でいられるのか。そもそも中立とは。中立というより必要なのは公正さなのではないか。……などなど、議題は多岐にわたります。

現在、西荻のこと研究所は杉並区が公認する「まちづくり団体」となっています。これは所定の条件を整えて杉並区都市整備部に申請をすれば、比較的簡単になることができます。杉並区の公認団体となることについては研究所メンバーの中でも、「活動の自由さが制限されてしまうのではないか」また、区と住民の対立関係がある中で「西荻のこと研究所が行政サイドの立場の団体であると一部の方からみられてしまうのではないか」などの懸念がありました。行政でまちづくりを担当する職員とのつながりを維持することのみならず、活動内容が行政によってアーカイブされることなどもふくめて、すでに存在している公共制度をまずフル活用してみよう、と考えることにしました。

さて、まちづくり団体となってまず始めたのは、沿道の商店会(西荻北銀座商友会)の協力を得て、補助132号線の沿道に住む/商う/土地を持つ方へのアンケート調査でした。それぞれの当事者がこの道路拡幅についてどう考えていて、今後どのようにしようと考えているのか。このアンケートによりわかったことは、行政側のアプローチは主に土地取得について直接の交渉をする地権者へのみ向いていて、そこで店を借りて商売をしている方たちへのサポート、また今後のスケジュールについての説明などがほとんどされていないことでした。道路拡幅が予定の拡幅ラインどおり行われたとすると、約3分の2の店舗が移転の検討または店舗の縮小、場合によっては閉店を余儀なくされます。小さな商店が集まって活気のあるまちなみを作っているという西荻窪の魅力を犠牲にする以上に、拡幅された道路は私たちに恩恵をもたらすのでしょうか。

また、地域の方の関心を高めていくことを目的に、このアンケート結果や全国各地や海外のまちづくり事例などをまとめつつ、西荻窪の道路拡幅の概要を紹介する「自由研究発表会(通称:勝手にオープンハウス)」などを複数回開催しています。

3「西荻のこと研究所」から「ことビル」へ

ある日の「西荻のこと研究所」ミーティングで、以下のようなことが話し合われました。
道路整備後の町並みが各地にあるが、以前よりにぎわいが生まれたというような例は多くない。どこに問題があるのか、というような話がきっかけです。

道路を拡げる時には必要な部分の土地だけが買収されます。元の建物は壊し、残った土地で地権者が住居や店を建て直します。その土地が小さすぎて新たに建てられない場合には、隣の地権者と話し合い、共同で大きな建物を建てる方法もあるでしょう。あるいはいっそのこと、その土地を手放してしまうかもしれません。それを買った事業者が周辺も買収して、より大きなものを建てることもあるでしょう。道路の拡幅は沿道の建物の変化を促します。
そうやって建てられた新築ビルに「テナント募集」の看板が掲げられた時、これまで西荻の魅力を支えてきたような小さな商店が再び入居できるのかというと、かなり難しいのです。
まず新築ビルは賃料が高くなります。また、なるべく大きな面積で貸し出されることがほとんどです。結果、テナントとして入居できるのは、資本力のある大手チェーン店ばかりとなってしまい、小さな商店はまちから消えてしまう可能性が高いのです。(ちなみに、そもそもテナントを入れず、住居だけのマンションになる可能性のほうが大きいです)

私たちはこの問題を「まちづくり会社」で解決できないか、ということを検討しました。まちづくり会社が新築ビルを一棟まるごと、あるいは大きなスペースをまるごと借りて、それを仕切り分割し再整備して、西荻の魅力を支えていきそうな有望な人たちに手が届く賃料でサブリースするのです。道路拡幅が進む中で、これこそにぎわいの維持のために私たちができる活動なのではないか。
そんな話し合いがあった直後に、人気の手芸用品店「カントリーキルトマーケット」閉店のニュースが飛び込んできました。西荻の文化を彩ってきた人気店の閉店を惜しむと同時に、そのあとがどうなるのだろう、ということを考えました。そして、こと研メンバーの中でかねてから話し合っていたような「まちづくり会社」によるまちのにぎわい維持の方法が、この建物で実現できるのではないか、ということを提案するメンバーがいました。

これから北銀座通りで起こるかもしれないことを踏まえ、この建物でノウハウを積み重ねる。リアルな現場を持ちながら、⾃分たちもプレーヤーとして街をつくりたい、西荻のまちのよさを生かし、未来につないでいけるような、愛される拠点づくりをしていきたい、そんな思いから、この建物を借りることにしました。
そして「株式会社 西荻のこと」を⽴ち上げ、この建物をあらたに「ことビル」と名付けました。

4 「株式会社西荻のこと」が大切にしたい3つのこと

株式会社化するにあたり、メンバーでどんなことを大切にしたいか、「ことビル」をどんな場所にしたいかを話し合いました。それを下記のようにまとめました。

◯まちとひとが繋がること
・地域の情報を発信し、必要な人に届く場所
・西荻の文化を再発見し、発信できる場所
・多様な文化が混ざりあい、新しい出会いができる場所
・世界が広がり、自分が広がり、引き出しが増え続ける場所
・オープンマインドになれる場所
・連続するスペースをシェアして繋がる場所
・続けていける場所、まちの未来につながる場所

◯まちの時間が繋がること
・「西荻らしさ」を継承し、未来に繋ぐ場所
・古くから住む人、新しく暮らし始める人、西荻のことが好きな人、お店を閉める人、お店を始める人、お店を継ぎたい人同士の相談ごとが繋がる場所
・まちのビンテージを大切にできる場所

◯まちの種が育つこと
・「始める」が育つ場所
・初めてに挑戦できる場所
・応援できる場所
・一緒に「育ち」に参加できる場所
・イベントやワークショップの腕を磨く場所
・仲間と一緒に成長でき、自分をアップデートできる場所
・ 想いと思いが重なり、映し出せる場所